かわいげのないおばあちゃんになろう

 
 

ちょうど一年前に、
父がこの世を去りました。
86歳でした。
 
 

帰宅したら玄関で動かなくなっていて、
救急車が来るまで心臓マッサージをしましたが、
心肺が戻ることは一秒もありませんでした。
 
 

突然の死に呆然としましたが
なんとも父らしい
家族想いな亡くなり方です。
 
 

苦しむ姿を見せられることもなく
安らかな表情で逝ってくれたのですから。
 
 

その日の夕刊はポストから取り出してあったし、
夕食のおかずは自分で調理済みでした
 
 

父が作っていたブリのあら煮がこちら↓

 
 

直前まで普段とまったく同じように過ごして
ピンピンコロリとその時を迎える。
自分の時もそうありたい、と思いました。
 
 

そのためにどうすればいいか。
ずっと考えてきたことがあります。
 
 

それはかわいげのない年寄りになること。
そう、父はかわいげのない年寄りだったんです。
 
 

亡くなる直前まで
自分のことはほとんど全て
自分でこなしていました。
 
 

毎朝、早起きして洗濯機を回し、
2階に干して、夕方には取り込みます。
 
 

ゴミ出しも
食料品の買い出しも、
風呂掃除も欠かしたことはありません。
 
 

家族が助けようとしても、
「自分でしないと足腰が弱る」と
頑として聞きません。
 
 

たまにこっそり父の仕事をやってしまうと
お礼を言われるどころか
ちょっと迷惑がられたぐらいです。
 
 

かわいげがないなぁ。
歳なんだからもっと甘えればいいのに

 
 
「ありがとう」と素直にいえばいいのに
と何度思ったことでしょうか。
 
 

でも、
父は正しかったんです。
 
 

もう歳だからと
自分でやることをあきらめてしまうと
体の機能はどんどん衰えてしまいます。
 
 

まともに歩けないほど膝が悪かったのに
寝室を1階に移さず2階で寝起きしたり、
 
 

散歩ができなくなったからと、
膝への負担が少ない自転車で
毎日でかけるようになったり、
 
 

高血圧で高血糖で高脂質なのに
自分が食べたいものを食べたいと
好きな食べ物を3食とも自分で用意したり…
 
 

誰かにしてもらうことを
なるべく少なくする
自分の仕事を減らさない
 
 

そうすることで亡くなる直前まで
普段と同じ生活ができたのでしょう。
 
 

お年寄りに親切にすることは大切ですが
できる仕事を取り上げるは不親切です。
 
 

私も歳をとったら
まわりの親切をやんわり断りながら
「自分でできるから大丈夫」
と言えるおばあちゃんになろうと思います。
 
 

そのために足腰を鍛えて、
3食モリモリ食べて胃腸も鍛えて
助けてあげたいと思われないぐらい
かわいげのない年寄りになります。
 
 

最後まで元気で過ごすことが
家族や周りの方にとって
最高の贈り物だと父から学んだので
 
 

人生100年時代
明るく、楽しく生きていきたいですね

 
 

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